数年以内に、2004年以来となる紙幣の肖像画の
変更が検討されていることがわかりました。
1984年に聖徳太子から福沢諭吉へ変更となった
一万円札は渋沢栄一の肖像画が候補に上がっていますが
お恥ずかしい話、正直渋沢栄一さんて誰?と
いまいちピンとこなかったので調べてみました。
あのドラッカーも絶賛したという渋沢栄一さんとは
どんな方なのでしょうか。
プロフィール
<引用元:NAVERまとめより>
名前:渋沢栄一
生年月日:1840年2月13日(天保11)
享年:91歳(1931年11月11日)(明治2)
出身:埼玉県深谷市
藍玉の制作、販売、養蚕、農業などを多岐に渡り営んでいた
家庭に生まれる。
教育熱心な父親から学問の手ほどきを受けつつ、
かの有名な富岡製糸工場の初代場長を務めた
従兄弟の尾高惇忠から論語などを学んだ。
渋沢栄一の功績
20代前半は倒幕運動に参加して高崎城を乗っ取りを計画しましたが、
尊王攘夷の影響を受け高崎城を乗っ取る計画を立てるも中止。
その後一橋慶喜(のちの江戸幕府15代将軍の徳川慶喜)に仕え、
27歳の時に徳川慶喜の弟に随行してパリ万博見学会などを
見学して欧州諸国の見聞を深めた。
明治維新に伴って帰国し静岡へ移住すると商法会所を作り、
日本で初めての株式会社を設立したと言われている。
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渋沢栄一の手腕が大隅重信の目にとまり、
明治新政府に招かれて大蔵省の一員となり
貨幣制度や財政制度の導入など
新しい国づくりに奮闘する。
しかし軍の予算削減が認められなかったため
1873年(明治6)に官僚をやめ、実業家への道を歩む。
「第一国立銀行」の総監役をはじめとし、
設立に関わった会社の数は約500社。
そして約600の教育機関・社会公共事業支援と
民間外交に取り組んだと言われています。
設立に関わった例を見ると渋沢栄一の功績がわかるでしょう。
・第一国立銀行(現在のみずほ銀行)
・日本郵船株式会社
・東京瓦斯(現在の東京ガス)
・東京電力
・抄紙会社(現在の王子製紙会社)
・日本興業銀行
・帝国ホテル
さらに会社だけでなく東京株式取引所や日本女子大学、
一橋大学、日本赤十字社の設立にも関わっていました。
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資本主義の父
渋沢栄一は日本資本主義の父とも言われています。
資本主義とは「儲ける」という事が頭に浮かびますが
渋沢栄一の幼い頃に読んだ「論語」に影響を受け、
利益の追求は当然でありながら、利益は独占するものではなく
公益のためになるような仕事でなければならないという
考えを持っていました。
三菱財閥の創始者、岩崎弥太郎から共同事業をしたいと
申し込まれた事がありましたが、渋沢栄一はあくまで
会社組織で富を分配すべきという考えがあったため
話はまとまらなかったと言われています。
渋沢栄一の書いた「論語と算盤」は野球選手の大谷翔平選手も
読んで活用していたと言われています。
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ノーベル賞候補
日本とアメリカの関係を良くしようとしたため、
1926年、1927年と二回ノーベル平和賞の候補になっています。
まとめ
改めて調べてみると、現在の日本経済発展はもちろん
教育や思想にも大きな影響を与えた偉大な人物だという事がわかります。
新しい一万円札を手にするのが楽しみですね。
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